「忘れ形見」(若松賤子)

当時としては極めて画期的な作品、若松偉大なり

「忘れ形見」(若松賤子)
(「日本児童文学名作集(上)」)岩波文庫

徳蔵おじと一緒に暮らす、
両親のいない「僕」。
村にはかつての殿様の
遊猟場や別荘があり、
徳蔵おじはその番をしている。
殿様は時折村を訪れるが、
同行した奥様を垣間見た「僕」は、
その美しさともの悲しげな様子に
心を打たれる…。

「僕」はその奥様の実の子どもなのです。
夫に死なれた後、殿様に見初められ、
後添えとなるものの、
身分違いということもあり、
子ども=「僕」は
徳蔵にあずけられたのです。

「僕」は奥様との関係を知らないものの、
奥様は「僕」に非常に優しくしてくれる、
まるで本当の母親のような
存在なのです。
自分の母親も
奥様のようであったなら、と
「僕」は思っているうち、
奥様は病で亡くなってしまう、という
お話です。
筋書きそのものは単純です。
ネタバレになってしまいましたが、
初めて読んでも
すぐ筋書きは見通せます。
だからといって、決して
ありふれた作品ではありません。
当時としては
極めて画期的な作品だったのです。

一つは
「僕」の一人称で語られる口語文です。
このころ言文一致運動が
始まっていました。
同時期に著された
巌谷小波「こがね丸」などは
言文一致をあえて避けて
文語体にしてあります。
少年向けでありながら、
きわめて読みにくい文体なのです。
さらにその直後に
巌谷が発表した「三角と四角」は
ひらがな表記が現在とはちがい、
小学生の作文状態となっています。

しかし若松はちがいます。
流暢な口語文なのです。
現代からすると
違和感は確かにあるのですが、
明治特有の味わいのある日本語です。
冒頭の一文、
「あなた僕の履歴を話せって仰るの?
 話しますとも、
 直き話せっちまいますよ。
 だって十四にしか
 ならないんですから。
 別段大した悦も苦労も
 した事がないんですもの。
 ダガネ、モウ少し過ぎると
 僕は船乗になって、
 初めて航海に行くんです。」

画期的である点のもう一つは、
英国の詩人プロクターの詩
「The Sailor Boy」を物語として
翻案していることです。
当時の児童向け文学作品は、
イソップやグリムの童話を
いかに日本的舞台に
翻案するかだったのですから。
その固定観念から抜け出し、
イギリスの詩から物語を紡ぎ出した
若松の功績は大きなものがあります。

その後、鈴木三重吉の奮闘もあり、
日本の児童文学は
胎動の時を迎えることとなるのです。
若松賤子、偉大なり。

(2021.9.9)

MojpeによるPixabayからの画像

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「忘れ形見」(若松賤子)

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